遣隋使、遣唐使の時代を経て平安時代末(12世紀)、平清盛によって「大輪田泊(おおわだのとまり)」(神戸市兵庫区)の修築が行われて人工島「経が島」が建設されて日宋貿易の拠点となる。その後、俊乗坊重源による改修を経て鎌倉時代に国内で第一の港として「兵庫津(ひょうごのつ)」と呼ばれた。室町時代に、兵庫津は日明貿易の拠点として再び国際貿易港としての地位を得る。
江戸時代には、鎖国政策のもとで兵庫津は西廻り航路の北前船や内海船の要港、朝鮮通信使の寄港地として栄えて1万人前後の人口を誇る。また、灘五郷として酒造りが活発になった所でもある。しかし、当時の江戸幕府の経済政策において西日本の経済・海運の中心地は大坂と定められ、その周辺に経済力のある都市が形成される事に対して否定的であった。このため、神戸一帯を領有していた尼崎藩には幕府に忠実な譜代大名を配置して兵庫の商人や海運業者が大坂商人の利益を損わないように厳しい法律で取り締まることとなる。その後の田沼意次の重商主義政策によって天領に組み入れられて規制は緩和されたものの、田沼が失脚した後にはその政策を否定する寛政の改革を進めた松平定信と兵庫の自立を許さない大坂商人の思惑の一致により規制が強化されて次第に衰退の色を濃くしていく。
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1863年(文久3年)、江戸幕府の軍艦奉行であった勝海舟は海防のための幕臣の教育施設として「海軍操練所」の設立を、呉服商網屋吉兵衛が私財を投じて竣工させた「船たで場(ふなたでば)」を利用することを考え当時の将軍であった徳川家茂に建白した。翌1864年(元治元年)、明治維新に多大な功績を残した坂本龍馬が塾長を勤めた諸藩の志士のための「海軍塾」と共に開設されたが勝の更迭と同時に「神戸海軍操練所」と「神戸海軍塾」は閉鎖になった。同じ年に建てられた海防の要・和田岬砲台が、今も神戸市兵庫区に現存している。開港100周年の1968年(昭和43年)には「海軍操練所」があった場所に「史蹟 旧海軍操練所跡」碑が建立された。